他人を”理解”する事は本当にできるのか?

やあやあ!こっち最近夜以外はそんな寒くなくなってきたけど、皆のとこはどう?冬だけ鬱っ気が出る人は少し楽になる日が多くなってきたんじゃないかな?鬱とか発達障害はなかなか外から見えにくいから、なかなか理解されにくいよね。

さて、今回はその見えにくい障害や病気を、周囲が本当に"理解"することができるのか?そもそもそれが必要なのか?ADHDで、ほぼ冬だけだけど鬱っ気もある自分が、理想と、支援をスタートしてから変化があった現実部分もふまえて書いてみる!

“理想は"理解して欲しいかな

ひきこもり業界ってのは今は「本人が一番つらいから理解してあげましょう、寄り添ってあげましょう」ってのが支援の主流じゃないかな。

たしかに自分も家族に理解されなかったタイプの人間だけど(もうどうでもよくなってて、家族をずっと他人と思ってた)、理解されないつらさってのは結局「孤立」っていう、ほぼ詰み確定ルートに入っちゃうから、周囲が理解して受け入れてもらえるんであれば、それが理想で美しい世界よな。


“現実は"完璧に理解してもらうのは厳しいな

この仕事やってて思ったんだけどさ~、結局

「他人が他人を完璧に理解するとか出来ねーんじゃねーの?」

ってのが今のところの答えだね。昔は「完璧に理解しよう」としてたんだけど、やればやるほど、何が正解かわかんなくなる時あるもんな。無理やり理解しようとして依存気味になったり。


というか、完璧な理解を求めてる側も、他人を完璧に理解してるなんてありえないと思うんだよ。

むしろ「自分はあの人を完璧に理解してます!」っていうのは、ひきこもりの親や毒親にありがちな壮大な勘違いパターンだね。

アンタら親が子を理解してるんじゃなくて、ひきこもりの子ども側が、親に気を遣ってそういう奴を演じてる事に気づいてないパターン。


結局、親や専門の教育を受けたはずの教師ですら、子どもを完全に理解なんて出来ないんだから、全くの他人が完璧に理解、100%何をしても受け入れてくれる、ってのはないと思うんだ。

「理解」より「まあよくね?」ぐらいが現実的ではないか?

みんな理想論では綺麗事言うけど、実際自分に迷惑かかるようになったら普通に人変わるよな。キレたり、嫌悪感だしだり。結局「自分に直接迷惑がかかってる状態」で100%受け入れてくれるのはかなり望み薄い。

というか、理解して欲しいコッチ側も、他人を100%理解なんてしてない。自分がやってないのに他人にだけ求めるのはちょっと厳しいもんがあるな。

とは言っても、ADHDとか鬱はコッチ側が本性出さずにある程度演技してしまうのもあって、他人には気づかれにくい、しかし我々は割とアップアップで生きてたりするので笑、理解して欲しい、気づいて欲しい本音もまああるわな。


となると、現実的には「100%の理解」より「妥協した許容」をお互いに与え合うのが、長い目で見れば理解してもらう事に繋がるんじゃないかと思うんだよ。


=========

例えば、仕事でこっちが失敗や迷惑かけたとして、

「あー大丈夫大丈夫つらかったねー!いいよいいよ!」

より

「正直ちょっとイラついたけど、いつも頑張ってるの見てるから、たまの失敗はまあよくね?」

ぐらいで、相手の感情もありながら、こっちを認める所は認めてくれてる方が現実的だし嬉しくない?


これは自分の感想だけど、こっちが発達障害あるからって
「あー大丈夫大丈夫つらかったねー!いいよいいよ!」

↑これ言われたら逆にナメられてる気がして嫌だわ。
あと、大丈夫って言われても、コッチは必要以上に気にしちまうんだよ!!(泣
それと、これ言うタイプの人は自分の気持ちの逃げ場がなくて、最終的には病むパターンになりやすい。


相手に100%の理解を求めない

というわけで、今この仕事をはじめて何年目かな?自営から数えると2015年?だったけ忘れた。法人化してもうすぐ3年だけど、

「相手に100%の理解を求めないし、自分も100%相手を理解してるなんてありえない」

というのが今の自分で、これやるようになって他人の目が前よりは気にならなくなった(他人がいる状態で失敗した時は正直気にするけど笑)、やっぱコッチにも相手にも心の余裕がないと許容できる範囲って変わるからね。

どんだけ理解しようとしても、その人のキャパ越えてキレることってあるし、障害や病気を理解してもらえないのも、現実社会では今の所しゃーない部分も一部ありますわな。


例に出すとそうねー、超極端に書くけど、自分がADHDの衝動性止められず、誰かの家燃やしました、ってなったら、燃やされた側はそりゃキレるだろっとかね。

「ADHDは衝動性強いからなー、しゃあない!完全に理解した!!」とはならんだろう。


対人関係において、コッチも相手も感情があるから、お互い極論や正論で殴り合いしたり、逆に無理矢理「この人を絶対理解するぞ!」って前のめりになるんじゃなくて、ちょっとムカつくことあっても、普段は良くしてくれてるんであれば、そこは"なぁなぁ"でお互い許容しあうのが、最終的にはある程度理解しあえる関係になるんじゃないかな。


今後この価値観はまた変わるかもしれないけど、今のところはこんな感じ。これは他人だけじゃなく、親子でも「わかんねー時はわかんねー」って時はあると思うよ。自分は人間関係に過敏だった時代があっての今のマッタリ感だから参考にしてね!





ネットでとり放題の資格サイト出来ました!

「鬱で布団から出れない」
「履歴書が空白で尻込みしてしまう」
「誰にも会わずに成功体験積んでみたい」
そういった方々に使って頂ける、ネットで取り放題の資格サイト作りました!
綺麗事はなしです。上手く使ってください!