【自己肯定感】人嫌いだと思ってたけど、嫌いなのは環境だったって話

「ひきこもりになりやすい人は自己肯定感が低い」


嘘か誠か、たまに言われる事だけど、自分の場合はこれは当てはまるし、実際知ってる人でひきこもってたり、病んだ人達も自己肯定感低い人が多い。過去の自分で言うと一見、自信があるようでも、それは弱く見られたくない、ナメられたくないプライドで隠してただけで、本当は自信も自己肯定感もなにも持ち合わせてなかった。


自己肯定感の低さは、自己否定にも繋がりやすいから、ひきこもりになるかはわかんないけど、病みやすくはあると思う。


このサイトは良く「自己肯定感積んでいこうぜ!」的なの書いてると思うけど、正直、「自分ひとりで得られる自己肯定感って限界があるよな」というのも会社作ってから特に思うようになった。今回はそんな話書いてく。

過去の自分の矛盾

これ書いた事あるかもだけど、昔自分は周囲とあまりにも考え方が違くて、他人とつるむと疲れるから人避けしてたんだよね。なんか皆が一緒に見えて「ホントに皆こんなことやりたいのか?」みたいな。ハッキリ言えば「他人うぜぇえぇぇぇぇっ!!」と思ってた。


で一人で行動するんだけど、最初はいいんだよ。好きな事できるから。好きな事なら一人でやっても苦じゃないタイプの自分には向いてはいると思う。


たださ、何かを作っても、結果を自分ひとりで見ても、それが凄いかどうかわかんないんだよね。自己肯定が低いから自分を認めにくいのもあるし、自分でやった事だから客観的に見づらい、というか。


で、「自分は何が幸せなのか、楽しいのか?」って考えると「自分が好きな事をやって、他人がそれを"スゲー"とか言ってくれるのが嬉しい」と気づいた。その時、自分は結構その矛盾で悩んだね。「自分は他人をウザイと思ってたのに、他人から作ったものの評価をされないと喜びが薄い」って。


だから特許とった時は、国に「お前はオリジナル」って認められた気がしてメチャクチャ嬉しかったし、よく考えたら自分は家族も含めて集団行動できない、人から言われてやらされること嫌いだったから、褒められた経験が人生でほぼなかった。


他人がいないと自己肯定は積みにくい?

自分は2009年の個人HPから自己表現を発信するのを覚えて、「あ、こんな事やっていいんだ」って今まで縛られてたものから徐々に解放されていく感じがした。いわゆる普通じゃなくても”スゲー”って認めてくれる人達もできてきた、でも基本的に人避けしてたから、リアルで会う事は、ほぼほぼなかったんだよね。


結果的にはリアルだと、他人による自己肯定に気づいたのは2013年、死のうと思って行ったアメリカ一人旅が大きなキッカケだったかな、と思う。マリオのカッコしてたからさ笑、道端で人々が「一緒に写真撮ってくれよ!」みたいにガンガン話しかけてくるんだよ。あんま日本だとそういうのないじゃん?たぶんコスプレのイベント出てる人で、そこで自己肯定得てる人って結構いると思うんだよな。


そこで旅するが好きになって、「俺一人でも出来るじゃん」っていう自己肯定と、そこで関わってくれる人達からの自己肯定がダブルで得れた。金額だけの話だと旅って金遣うけど、自分の場合はこれほど人生をいい方に導いてくれた趣味はなかった。(それまで押さえつけられた期間が30年近くあったから、変わっていったのは徐々にだけどね)


会社のイベントでひきこもり支援旅やる時も誰かしらには会うし、最近はyoutubeの視聴者さんと一緒に釣り行ったんだよ。ブロガーの頃は断ってたんだけど、今は前もって約束じゃなくて、うすーくいつか行く約束してて、いきなり「今日行けます!」みたいな連絡して、お互い都合あえば人と会えるようになった(なんか前もって約束するとプレッシャーになるんだよね笑)

他人が嫌いというより「環境」が嫌いだった?

他人ウゼェと思って孤立していった自分だけど、本当は「無理にいる"環境"の中での、人付き合いが嫌いだったのでは?」と最近思う。好きな事をしてる中で会う人達は、自分に与えてくれる自己肯定感で、40前のオッサンだけど人生が急激に満たされていってる感じがする。30歳前ぐらいまで自己肯定が極度に低かったから、乾いた砂が水含むように自己肯定吸収していってるんだろうな。


一応法人だけど、綺麗事だけ書いてたら俺たちみたいな奴らは弾かれていくから書くね。


皆も「本当に嫌いなのは他人なのか、それとも環境なのか」は1回考えてみて。特に否定ばっかりする毒親から育った子は家庭内ですら認められたことないから自己肯定低く、自分の価値を感じにくいと思う。その状態では、自分一人での自己肯定も積みにくいだろ?そういう風に育てられてないから。


自分ひとりで自己肯定感ガンガン得えるタイプの人は大丈夫かも知らんけど、一人では無理、家庭でも無理、ってタイプの人は”好きな環境にいる自分の行動を認めてくれる他人”がいるコミュニティに行ってみるのも手だと思う。嫌な事をするんじゃなくて好きな事をするんだ。その中で、自分を認めてくれるコミュニィね。犯罪以外ならなんでもOKさ!


何で「コミュニティ」って書くかと言うと、その"認めてくれる他人"はある程度人数いた方がいいと思うんだよ。単純に認めてくれる数が多いのと、対象が一人だと依存的になりがちだから。コントロールできない依存はなんでもヤバイからな。そこは適当な距離感で「薄く広く」がいいんじゃないかな。


「家を出ろ」とか「陽キャになれ」って言ってるんじゃなくて、自分が好きな事をまずしてみて。いきなり一発逆転は難しいけど、好きな事を追っていった先で「あ、自分もここは変わりたいな」と行動できる日が来るかもだから。そしたら君を認めてくれる人は徐々に増えていくでしょう。それはすごくありがたい存在だから、自己肯定の低さから遠慮しがちだけど、ありがたく褒めてもらって、感謝を伝えていいと思うよ!自分を認めてくれる世界線が見えるといいね!一気に進もうとせず、ゆるーく繋いでけ!!



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